備忘録
以下は今年初めに所属先の機関誌用に書いた草稿。ボツってお蔵入りしていたが、アレッポが陥落(反政府軍的な立場からすると)し、いささか時宜を得た内容に思えてきたため日の目を見させることに。後段に出てくるアッシ青年は苫小牧の建築現場で土木作業を生業としながら、苫小牧市内外の学校でシリアのことを写真をまじえて伝える活動を続けている。
原稿は今年2月頃に書いたものだが、以降シリアへのロシアの介入が一層強まり、一時は勢力を弱めたアサド戦力が息を吹き返し、安倍会談の前日に反政府勢力の牙城であったアレッポが陥落した。16日のプーチン・安倍会談のプレス会見でロシア側の記者が首脳会談のことには一切触れず、シリア情勢について聞いた。そのことを批判的に扱う日本メディアや専門家が多数を占めたが、世界情勢を考えると自然の流れだったのかもしれない。
記事が長いので2回に分けて掲載する。①は大ぐくりのシリア情勢と半年前の状況、②は苫小牧市在住のアルガザリさんのインタビュー記事。
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「シリア情勢概要と道内在住シリア青年との対話①」
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シリア情勢概要
シリア情勢は単純ではない。現地の状況を解説する日本の専門家の論調にはばらつきがあるし、英米の大手メディアの報道は、はなから反アサド政権のフィルターをかけているようにも見受けられる。複数の資料から、最大公約数的に、客観的な事実だと思われることを抽出し、以下に整理したい。

大掴みには、アサド政権率いる政府系軍と反政府軍との内戦だが、様々な思惑を持った国際社会と過激派組織が干渉し、情勢の悪化を招いている。加えて近代史、現代史さらには古代史にまでさかのぼり宗教、宗派、民族、領土問題が複雑に絡む背景そのものが、強い影響を及ぼしているため、当事者以外、或いは当事者ですら、現在の情勢を、特に「何故」の部分について正確に理解することが困難な状況だ。
無理を承知で状況を単純化し説明するならば、まず、シーア派が多数を占めるイラン国、レバノン国の過激派組織ヒズボラ、それに2015年秋からロシア国が加わり、政府軍を支援している。2011年の国連安全保障理事会で「アサド政権の反政府デモへの弾圧を非難する決議案」の提案があったが、ロシア国とともに中国が拒否権を行使したという意味においては、中国もアサド政権に与しているとの見方もある。それに対し、自由シリア軍、クルド人勢力、トルコ国、イスラエル国、遠巻きに米国が反政府軍を支援している。よって大国同士の代理戦争的な一面があると指摘されている。加えて、米国の介入が人道的な理由ではなく、覇権国のシオニズム運動の一環だと揶揄されている中、互いに反目し合っているISIS、イスラム戦線、ヌスラ戦線などの過激派組織が、反アサド政府的な立場を取っていることが状況をさらに複雑化させている。さらに、ここ数カ月でクルド人勢力が日和見的なうごきを見せており、事態は混迷を極めている。
国連は11年以降何度かにわたり政府軍と反政府軍に和平交渉を持ちかけているが、うまくいっていないのが実情。現に今月2月の頭からスイスのジュネーブにて政府軍・反政府軍双方を集め、数度目の和平交渉を主導したが、なにひとつ合意に達することなく、交渉は現在も中断されたままだ。
※本稿は2月初頭に書いたもので、その時点では和平交渉に進展があった状態。その後、停戦合意はことごとく破られ内戦は泥沼化した。
アサド政権とアラブの春
現アサド大統領の父親で、当時バアス党員(当時の与党)だったハーフィズ・アル・アサドは第3次中東戦争でイスラエルに敗れ、弱体化した政府に無血クーデターを起し、1971年から大統領の座に就いた。以後30年間にわたって独裁政権を貫き、2000年に死去。後継には二男で当時医師をしていたバッシャール・アル・アサドが就き、以来、親子2代で45年以上の長きにわたりシリアを治めてきた。11年以前のシリアはバアス党独裁の社会主義国家で、厳しい言論統制を敷き、秘密警察が反体制派に弾圧を加える強権的な独裁国家と国際社会から批判されていた一方で、比較的治安が良かった。外国人の観光旅行などは問題なく受け入れられる状態で、日本政府も国際協力機構(JICA)の現地事務所を置き、技術協力等支援を続けてきていた。また、ウマイヤドモスク、パルミラの遺跡、十字軍の城などの魅力的な観光名所に加え、安定した物価、素朴で親切な国民性が支持され、世界中から多くの観光客やアラビア語を学ぶ学生が訪れていた。
そこに11年3月からいわゆるアラブの春が始まった。民主化の波を警戒し、アサド政権が手綱を締めつけ始め、一般市民を含む反政府勢力に対し暴力的な弾圧を加え、事態の悪化を招いた。これが直近の内戦のベースにあり、結果的にアサド政権が、一般市民に対し常軌を逸した暴力を加えているきっかけとなっている。
宗教的な観点から説明するならば、アサド大統領がシーア派の中でも少数派であるアラウィ―派(シーア派とは別との説もある)、それに反対する多数派のスンニ派との宗派対立の構図があり、11年以前から何度も衝突が顕在化していたが、政権が一般市民の命を奪うような事態に至ることはなかった。しかし、「今世紀最悪の人道危機」とも称される現在の内戦によって、一般市民を多数含む23万人以上が死亡し、400万人弱が国外で、また650万人が国内で避難生活を余儀なくされ、1,000万人が被災していると言われる。
増え続ける非武装市民の犠牲
「2月15日にシリア全土でロシアとアサド政権に殺害された非武装市民は111人。うち、子どもは14人、女性は6人、拷問によって殺害されたのは2人であった。52人はアレッポで。19人はイドリブで。18人はダマスカス郊外で。10人はホムスで。4人はデリゾールで。3人はラタキアで。3人はラッカで。2人はハマで」。トルコのイスタンブールに拠点を置くラジオ局“RADIO FREE SYRIA”は短波放送とインターネットを通じて、2月15日一日で犠牲になった非武装市民の数を合計111人と報じた。アサド政権の弾圧に加え、昨年来ロシア軍の空爆が繰り返され、毎日50人~150人の非武装市民が犠牲となる異常事態が続いている。(※停戦中は50人以下とのことであるが、停戦中にもかかわらず2けたの民間犠牲者が毎日出ている異常事態には変わりはない)このペースで犠牲者が増えると、半年後には1万人を超えるとみられている。ロシア側は空爆の目的を過激派組織の掃討と主張するものの、実際は反政府勢力が拠点とする地域の非武装市民までをも攻撃の対象としている。
NPO団体シリア人権ネットワーク(The Syrian Network for Human Rights)によれば2015年、内戦による全犠牲者は21,000人を数え、そのうち15,748人がアサド政権擁する政府軍に殺されている。驚くのは、そのうちの12,044人が非武装市民で、さらにはそのうちの4,576人が女性と子供であるという事実だ。2012年にジャーナリストの山本美香さんがシリア・アレッポ市を取材中に非業の死を遂げたのも、政府軍の銃撃によるものだった。一方イスラム過激派組織ISISが2015年に奪った人命は2,098人。そのうちの1,366人が非武装市民で、日本人の後藤健二さん、湯川遥菜さんがその中の2人に数えられる。その他アルカイダ系のヌスラ戦線とアルカイダが89人の非武装市民を含む、167人を殺害した、と報じている。日本のメディア報道は、過激派組織によるテロ行為を大きく取り上げる傾向にあるが、全体の犠牲者の75㌫は政府軍の手によるものという事実をはっきりとは伝えていない状況にある。ISISが50人を犠牲にする自爆テロはトップニュースで報じるが、非武装市民が政府軍の爆撃で連日100人犠牲なっている現状を、今の日本のメディアがニュースとして扱うことは、ほぼ皆無といってもいいだろう。
参考文献
・シリア戦場からの声-桜木武史-アルファベータブックス
・Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2015年 10/20 号 [世界最悪の危機。絶望のシリア]
参考HP
・SYRIA WEEKLY HP
・中東調査会HP
・Radio Free Syria HP
・The Syrian Network for Human Rights HP
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