オヤジの原付

昨日オヤジからきたメールに「スクーターで母さんの見舞いに行った」とあった。おいおい、まだ西野の中道は雪に埋もれているぜ。右股・左股の幹線道路だってうっすら凍っているよ。日本郵便の配達員以外は走っている2輪車見かけないのに、80歳過ぎた爺さんが雪舞う中スクーター乗って、お袋が入院している二十四軒の病院に行くなんて、ちょっとクレージー過ぎはしないかい?暴走族の連中だってまだ寒いから活動してないじゃないか。

オヤジは自動車免許を持っていない。若いころに取得を勧められたが「俺が運転すると、人を殺める」と断固として取ろうとしなかった。毎晩のように仕事の付き合いがあり飲んだくれていた時代だ。40歳くらいになっていきなり原付免許を取り、ヤマハメイト50に乗り出した。新聞配達員御用達のあれだ。それまで公共の交通機関とチャリしかなかった男にいきなり飛び道具を持たせたようなもので、羽が生えたようにいろんなところに足を延ばし始めた。

とばっちりは息子の俺にも及んだ。小学生だった俺をメイトのケツに乗せ、やれ厚田だ、やれ塩谷海岸だと釣りに連れて行かれた。むろん原付の2ケツは道交法違反なので、ネズミ取りをやっているのを見つけては警察官が張っているずいぶん前から「降りて歩け」と原付から降ろされ、国道沿いを1キロくらいてくてく歩かされた。バス停も近くにない車通りの多い国道を小学生が一人でトボトボ歩く姿は、ネズミ取りをしていた警察官の目に異様に映ったことだろう。

冬にはスパイクタイヤを付けて大雪の日でもメイトに乗った。酔っぱらってふらつきながらメイトで帰ってくることも日常茶飯事で、冬にはよくこけていた。翌日猛烈な痛みに目をさまし骨が出っ張っているのを見つけ、初めて帰宅途中にバイクでこけてたことが分かった、なんていうこともあったが、絶対に原付を手放そうとはしなかった。酒気帯びで警察にもよくつかまっていたが、会社を懲戒免職にもならずに済んだ。そんなおおらかな時代でもあった。

後にそのメイトは俺が引継ぎ、高校時代はそれで学校に通ったものだ。ツーストエンジンのそれは余裕で70キロは出て、フォーストエンジンのホンダカブを信号グランプリでぶっちぎるのが快感だった。

40年間親父は50CCの原付を手放さない。今でこそスクーターなので基本的に冬は乗らないが、それ以外は雨が降ろうと風が吹こうとお構いなしに乗っている。事故られては困るけど、あれはあれでボケ防止に役立っているのだろうと息子としても止めさせる気はない。

最近高齢者ドライバーによる輪禍死の見出しが誌面に躍るのをよく見る。政府が高齢者に「やめてくれ」とのメッセージを出し始めているということだろう。まぁ、色々な議論の余地もあるだろうし、年寄りの言い分もあるのだろうがオヤジを見ていて一つ政府に提案したい。移動手段を確保したい年寄りには免許を取り上げるのではなく、原付に乗らせればいい。原付で事故を起こせば、己を傷つけることはあっても、よほどでなければ人を殺すようなことにはならない。移動手段がないと生活できない地域に住むお年寄りも多いと聞く。

いい対策と思うのだが。

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