
縁あって占冠村を訪問した。北海道のほぼ中央に位置し、村の94%が森でおおわれている人口1,200人の村だ。開拓後の基幹産業は農業、酪農業、林業だったが、現在は村東部トマム地区のリゾートがけん引する観光業に頼っている。
村役場によると、トマムリゾートの従業員は外国人200人を含む250人弱で村の総人口の2割に当たる。今でこそ、星野グループが運営し(土地と建物は中国企業に売却済み)V字回復したが、長年、リゾート法(総合保養地域整備法) による重点整備地区指定下で開発が行われた基礎自治体の悪い事例として語られることが多かった。村民の意に反し役場(主に当時の開発庁)主導で魂が入っていない開発を進め、当時のデベロッパーであるアルファリゾート(札幌市)が自己破産。加森観光の事業継承も失敗に終わり、結果的に負債の一部を村が背負い込む事態に陥ったからだ。村民は「身の丈に合った村営を」と外部資本に頼る村営形態に反対したが、林業が廃れた現在、観光業に頼らざるを得ない状況を受け入れ、トマムリゾートを応援しているとのこと。
村の地理的な特徴として役場のある中心地区のほかトマム地区、双珠別地区、ニニウ地区と4つの集落が10㎞~35㎞程離れて点在していることが挙げられる。集落間が遠いのだ。役場の担当者に「国が推進しているコンパクトシティを実践する可能性はありますか」と問うと「集落の人々の集落に対する思い入れが強いので、役場としては村民を中心地区に誘導する意図はありません。その代わり集落の人々がそれぞれ暮らせるようなサポートを役場では行っています」とのこと。むらびと条例を制定し、村民が自発的に助け合いの精神を発揮できるような仕組みを作っているところも特徴的だ。例えば、車に乗らなくなった高齢者がご近所さんの助けで病院や買い物に行く場合、車に乗せた地域住民が事後精算しガソリン代として、役場から1,000円程度の補助金を受けられる。重要なのは、アイデアが住民から出され、住民が役場に掛け合って仕組みを作ったということ。

この村のもう一つのユニークな取り組みに、村が野生獣解体施設「ジビエ工房 森の恵み」を設置し運営していることが挙げられる。メディアにも多く取り上げられてきた。設置費用5,000万円と毎年の施設維持費は100%村の予算で賄われている。村の職員は常駐しておらず、村内のハンターグループがこの施設を運営するために立ち上げた「㈱占冠 森のかりうど」に管理を任せている。要は、施設を使用するハンターが自ら施設の管理を行うことで、ハンターとしては使い勝手がいいことに加え、役場としては3セクなどに任せるよりも経費の節減につながるというメリットを期待している。従来、狩猟後は村外の解体場でハンターが各自獲物を解体し、枝肉にし、独自に製品化し出荷していた。鹿肉は血が回らないように手早く処理することが品質保持の絶対条件であることから、地元に解体場があることは大きなメリットととなる。この施設のおかげで地域住民でもあるハンターはより質の高い鹿肉を生産することが可能となり、生産拠点を持つことにより占冠産のジビエのブランド化に寄与することになった。


村営施設に「ジビエ工房 森の恵み」と名付けてはいるものの、村の立場はあくまでも農業被害対策の一環としての取り組みだ。ハンターが解体施設に鹿を持ち込むと駆除費用として8,000円(クマの場合20,000円)村からハンターに支払われる(正確には道費補助)。村の担当者に「鹿の過剰繁殖が問題であれば、かたっぱしから鹿を捕まえて養麓場を作ると効率よく安定供給が見込めるのでは」と意見を述べたところ、「あくまでも農業被害を防ぐことが目的で、肉の出荷を目的としているわけではありません。鹿との共存ではありませんが、最小限の頭数コントロールを心がけており、肉の出荷は農業被害対策の副産物にすぎません」と返ってきた。


森のかりうどの肉は、腕利きのハンターが仕留めた個体を「森の恵み」で解体し、解体後熟成させ出荷している。衛生管理が行き届いた施設で処理されたということで、主にジビエを扱う札幌のレストランから声がかかり始め、今は東京のフレンチレストランからも引き合いがある。


「よい肉を出荷するために一番大切なのはハンターの腕です。苦しみを与えずに即死させるために、頭や喉を正確に打ち抜く技術が必要です」と話してくれたのは森のかりうど代表の高橋勝美さんだ。占冠猟友会の会長も務める高橋さんは30年の猟歴があり、後進の育成にも力を入れている。「我々ハンターはいつも、命を頂くのだから、できる限り隅々まで、きれいにおいしく食べてあげたい、ということを心がけています。この施設のおかげでそれがやりやすくなりました」と話していた。

仕事で道内のいろいろな基礎自治体を訪問する機会に恵まれるが、今回は占冠村の独特のミニマリスティックな哲学に魅せられた一日であった。

コメントを残す