
マイ・フェイバリット・ソウルアルバムの5指に入るマービン・ゲイのWhat’s going on(邦題「魂の行方」)。いわずと知れた、泣く子も黙る、問答無用で空前絶後のモータウンレコード1971年発売の大名盤。琴似のレンタルレコード屋“てーぴーおー”で初めて借りたのが17歳、それからから30年来の愛聴盤だ。主役はもちろんマービンのボーカルだが、天才ジェイムス・ジェマーソンのうねるベース、それに加えパーカッションと男性コーラスにストリングスが絡み合い、音の階層が幾重にも聞こえてくるところが聴きどころ。60年代のテンプレート化されていたモータウンビートと決別し、反べ戦の歌詞を当時前代未聞のオーガニックなのビートに乗せ一世を風靡した。ポール・ウェラーが人生の一枚に挙げただけではなく、ロバート・プラント、ロバート・パーマー、シンディ・ローパー、ピーター・バラカン、ローリングストーン誌、レコード・コレクター誌などが洋楽史の最重要盤として挙げている。
30年前はお金もなくレコード音源をテープに録音して聴いていたが、後にCDを手に入れた。テープで聞くのも味があり、悪くはなかったのだけど、CDは情報量が多く、テープでは聴こえない音も聞こえ、初めて聞いた時には音のクリアさに驚いた。超がつくほどの名盤だけに、10年に1回くらいの頻度でリマスタリングが施され、その都度「最新リマスタリング盤」の帯を纏い市場に出回る。リマスタリングは最新鋭機器が用いられる最新版が最良というのが定説だが、オーディオを新調して聴きなおし「ムムムさにあらず」と感じたところがあるので、記録しておきたい。
始めて買ったCD盤のWhat’s going onは1986年にJohn MatousekがマスタリングをしたA Motown Compact Classic盤。90年ころに購入した。次にリマスター版として発売された1994年のGavin Larsson盤、最後に2001年にKevin Reevesが手掛けた30周年デラックスエディションのリマスタリングを順に入手。2012年に出たSMH-CD高音質版What’s Going On -40th Anniversary Super Deluxe Editionというスーパーでデラックスな1万円以上する決定版があるが、こちらもリマスタリングは2001年のReevesのもの、因みに未購入。


自分が一番長い時間音楽を聴く形態は通勤時間片道30分間アイフォン音源をBOSEのヘッドフォンを通して聴くスタイル。BOSEのヘッドフォンはかなりドンシャリ系の音に合うようにチューニングされているので、メリハリの利いたリマスタリングがマッチする。きゃりー・ぱみゅぱみゅのにんじゃりぱんぱんなどが流れると、このヘッドフォンの真価が発揮される。なので、比較的新しいReeves版のマスタリングが合っており「やっぱり新しいマスタリングのほうが、良いなぁ」などと思っていた。逆に86年のMatousek盤がヘッドフォンを通して流れてくると、音が細く貧弱さが気になっていた。
新調したKEFのスピーカーは解像度が高く、CDに記録されている音粒を余すところなく、しかし脚色する事なくフラットに再現する。そこでReeves盤を聴いてみると、低音と高音が不自然に強調されている感じが耳につき、マスターテープが持つ本来の良さが消されている感じ。音が虚勢を張っているのだ。一方でジャケットもダサいし更新前のオーディオやヘッドフォンでは「音圧が足りなく、迫力不足」と思っていたMatousek盤はニュートラルでバランスも良く聴こえる。よりレコードに近い感じと言ったらよいのだろうか。なんとなく、What’s going onが持つオーガニックな魅力が最大限に引き出されている感じがするのだ。Gavin Larsson盤もMatousek盤に比べると音圧が強調され、一聴するとクリアなサウンドに聴こえるが、どうしても人工的な処理が耳につく。小津安二郎の東京物語をデジタルリマスタリング盤で見た時の違和感に似通った感覚かもしれない。そうなると、結局はレコードが一番なんじゃん、という声が聞こえてきそうだが、ごもっとも。ただ、今からまたレコードを集め直すのは場所もエネルギーも金も時間もかかる。
順位発表
1位 レコード
2位 John Matoussek 盤(1986年)
3位 Gavin Larsson盤(1994年)
4位 Kevin Reeves盤(2001年)



見事に時系列が逆転する結果となった。ただこれは私個人の聴こえ方なので、新しいほうが音がいいという印象も持つ人も当然いるであろう。元も子もないが、結局は好みの問題なのだ。
いずれのCDも音楽の内容が素晴らしいので、始めて本作を手にする向きはどのリマスター盤を聴いても音楽そのものに心地よく圧倒されるだろうが、違いを聴き比べ、自分の好みを探す作業もフェティシズム的なひそかな楽しみなのだ。flac 192kHz/24bitのハイレゾも聴いてみたいけど5,000円もするので手が出ない。
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