今年、特に後半はチャーリー・ヘイデン聴きだおしの半年となった。
朝起きてまずヘイデンをスピーカーから鳴らす。そして通勤時に、昼休みに、帰宅の地下鉄ではヘッドフォンを通して聴いた。就寝前にはベッドサイドのスピーカーから流れるヘイデンのベース音で寝付く、と寝ても覚めてもヘイデンに浸った。
但し、70年代後半以降のデュオ作品に限ってだ。だから、正確に言うとチャーリー・ヘイデンとハンプトン・ホーズ、チャーリー・ヘイデンとケニー・バロン、チャーリー・ヘイデンとジョン・テイラー、チャーリー・ヘイデンとエグベルト・ジスモンチ、チャーリー・ヘイデンとデニー・ザイトリンなど、パートナーを組むピアノ、ギター、サックスも相当聴いたということになる。
「ジャズ来たるべきもの」などオーネットのリーダー・アルバム、リベレーション、アトランティック時代のキース・ジャレットとのアルバムには、なぜか、ほとんど食指が動かなかった。サイドマンとしての作品を含むと50枚くらいヘイデンのアルバムを所有しているが、聴いたのは専らデュオ作品だ。
聴覚的にはヘイデンのベースの音は「よく沈み込む」とか「溜めの深い」と表現される。批判的な聴き手から「もっさりしている」と評されるのも見かけたことがある。
音というのはラーメン同様好みが人それぞれ異なるので、それらの主観的な見方はどれも間違ってはいないのだろう。史上最高のベース伴奏としてよく名前が挙がるワルツ・フォー・デビーにおけるビル・エバンス・トリオのスコット・ラファロなんぞの、音数が多くきらびやかなフレージングを詰め込んだ演奏は、さしずめ、うま味たっぷりで味の濃い少し尖った味のするラーメンを想起させる。これはこれでもう抜群に美味いことには違いはないが、毎日食べたいかというと、自分の場合そうでもないかもしれない。まぁ、中には二郎系ラーメンを毎日食べても飽きない人もいるので、人によっては毎食食えるよという人がいてもおかしくはないのだが。
では、なぜゆえ自分がヘイデンのデュオ作品に、少なくとも半年間のめりこんだのか、考えてみることにした。これだけひとりのアーティストの音楽に集中し、前のめりで聴きこんだのは27~8年前のヴァン・モリソンの一連の作品との邂逅以来となる。
音数が少ない一方でそれらが雄弁であること、一音一音に意味が吹き込まれていること、そこにヘイデンのベース演奏のエッセンスが詰まっていると考えている。それはとても経済的なベースのプレースタイルだとも云えるだろう。
ヘイデンは「音数を減らせば減らすほど、音楽でより多くを伝えることができる」というマジックを信じて楽曲にアプローチしているように聴こえる。そのかわり、熟考の上、一音一音弦を爪弾き、それらの音は相手から、リスナーから必要とされ、欲され、意図的な所為の産物となって出現する。結果としてデュオ作品におけるそれらのベース音は、パートナーと内省的な営みの中で音楽を紡ぎ、 誰も聴いたことのない相手の一面を引き出すことに成功してきている。
たとえば盲目で骨形成不全症を患うクリス・アンダーソンとのNone, but the lonely hearts。アンダーソンの痛みや慈しみがヘイデンの伴奏を通じて、伝えられ聴いていて痛々しくも温かな気持ちになる。ヘイデンはアンダーソンの演奏をして「クリスは文字通り、身を削って鍵盤を叩き魂の音を奏でていた」と労っている。その魂はヘイデンのベースだから絞り出すことができた、とアンダーソン自身も感じているに違いない。
さらに掘り下げて考えてみよう。バランスの整ったメロディーと和音に対し、間引きされ爪弾かれた音には穏やかさや愛情や暖かみを感じ取ることができるし、極言してしまえば、ベースの音そのものよりもむしろ、音と音の隙間に支配される構成が魅力となっている。デュオ作品なのでそもそもの音密度は高くない。ヘイデンの多くのデュオ・アルバムが醸す、他にはないユニークな空気感は、その意図的に作られる隙間に拠るところが大きい。
分りやすい例としてハンク・ジョーンズとのSteal Awayを挙げてみる。本作において演者と並ぶもう1人の主役は「間」である。或いはジョーンズのピアノとヘイデンのベースが醸す「間」を愉しむための揺蕩い加減と云ってもいい。さらに言えば、「間」を演出するための黒子役を買って出ているふたつの楽器の妙である。 それらは文章で言うところの「行間」に等しく、上手な文章の行間は余韻を残す。この作品に関して言えばヘイデンのベース奏者としてのテクニック(早い運指や印象的なフレージングを奏でる技術)が楽曲たちを司っているわけではない。
デュオ作品におけるヘイデンのベースに共通するのは、彼が持つ有り余る能力に対して、過度に地味で控えめで、全く出しゃばってはこない態度だ。それが魅力的なVibe (雰囲気と訳すのも妙で、VibeはVibeなのだ)となり、自分のような聴き手の耳、もとい、心をつかんで離さないのである。
ラーメンのたとえに戻るが、自分にとってヘイデンの音楽は食べ飽きることがない、しかし滋味深いお袋のラーメンの味(実際にはうちのお袋はほとんどラーメンを作ったことはなかったけれど)のような気がする。これもまた蓼食う虫も好き好きの域を出ることはないおはなしで、「主観的好みの問題」と片付けられてしまえばそれまでだ。
以下、録音年順にヘイデンのデュオ作を羅列する。2,3作の漏れがあるかもしれない。③、⑤、⑦は見つけることがあってもびっくりするような値段で取引されているので、手を出しかねている。特にMilcho LevievとのFirst Meetingが難攻不落。コンプリートは再発を待つか宝くじを当ててからになりそうだ。それ以外は入手済み。Naim作品は廃盤だけどハイレゾ音源が出ている。None, but the lonely heartsとNightfallをハイレゾで聴くと音の粒立ちがクリアで、演者の息遣いまでも拾っている。苦しそうに弾く(と想像してしまう)クリス・アンダーソンが見えてくる。

1976年1月
≪1≫As Long As There’sMusic――Charlie Haden (B)/Hampton Hawes (P)【Verve】
1976年3月
≪2≫Closeness――Charlie Haden (B) /Keith Jarrett (P)/Ornette Coleman (As)/AliceColtrane (Harp)/Paul Motian (Per) 【A&M】
1976年6月/12月
≪3≫The Golden Number――Charlie Haden (B) /Don Cherry (Tp, Fl)/Archie Shepp (Ts), HamptonHawes (P)/Ornette Coleman (Tp) 【A&M】
1978年9月
≪4≫Gitane――Charlie Haden (B) / Christian Escoude(G) 【Dreyfus】
1979年
≪5≫Soapsuds, Soapsuds――Charlie Haden (B)Ornette Coleman(As)【Artist House】
1981年1月
≪6≫Time Remembers OnTime Once――Denny Zeitlin (P)/Charlie Haden (B)【ECM】
1986年
≪7≫First Meeting――Milcho Leviev(P)/Charlie Haden(B)【Pan Music】
1989年7月
≪8≫In Montreal――Charlie Haden (B)/ Egberto Gismonti (G, P) 【ECM】
1990年1月
≪9≫Dialogues――Charlie Haden (B)/Carlos Paredes (Portuguese G)【Polydor】
1990年7月
≪10≫Charlie Haden-JimHall――Charlie Haden (B)/ Jim Hall (G)【Impulse】
1994年6月
≪11≫Steal Away――Charlie Haden (B) & Hank Jones (P)【Verve】
1996年
≪12≫Beyond the MissouriSky――Charlie Haden (B)/Pat Metheny (G) 【Verve】
1996年
≪13≫Night And The City――Charlie Haden (B)/Kenny Barron (P) 【Verve】
1996年12月
≪14≫Sweet & Lovely――Lee Konitz (As)/Charlie Haden (B)【Paddle Wheel】
1997年
≪15≫None but the LonelyHeart――Charlie Haden (B)/Chris Anderson (P) 【Naim】
1999年
≪16≫The Capitol Sessions――Charlie Haden (B)/Mike Melvoin (P) 【Naim】
2003年
≪17≫Nightfall――Charlie Haden(B)/John Taylor(P)【Naim】
2005年3月
≪18≫Tokyo Adagio――Charlie Haden(B)/Gonzalo Rubalcaba(P)【Impulse】
2007年3月
≪19≫Jasmine――Keith Jarrett(P)/Charlie Haden(B)【ECM】
2007年3月
≪20≫Last Dance――Keith Jarrett(P)/Charlie Haden(B)【ECM】
2007年11月
≪21≫Long Ago And FarAway――Charlie Haden (B)/Brad Mehldau (P)【Impulse】
2010年2月
≪22≫Come Sunday――Charlie Haden (B)/Hank Jones (P)【EmArcy】

一番よく聴いたのはKenny BarronとのNight and the City。何故かというと録音された1996年12月頃にこの名盤の舞台となったイリジウムの近くに住んでいたから。イリジウムは貧乏学生には縁の無い場所だったが、会場近くの通りはよく歩いた場所だ。Billy JoelのNY 52nd Streetで表現される世界というとわかりやすいだろうか。すぐ近くのマクドナルドでは、数えきれないくらいビッグマックを食べた思い出がある。盤が醸し出すハード・ボイルドなVibeが滅法好きでTwilight Songはこの半年間自分のテーマ曲(何の?)となっていた。

巷ではHampton HowesとのAs long as there’s music、Chriscian EscoudeとのGitane、はたまた売れに売れたPat MethenyとのBeyond the Missouri Skyなどが高い評価を得ているようだし、それらは文句なしに素晴らしい大好きな作品だ。それぞれのアルバムで、ヘイデンにしか到達することができない相手の機微に到達し、引き出しているので、自分にとっては其々に発見があり、全てが私的名盤だ。
友人にプレゼントするのにデュオ作品を集めたコンピレーションを作ったが曲目は以下の通り。約80分。入り口として、わかりやすい選曲にした。ここから、この世界にはまるかどうかは聴く人次第。
1. Twilight Song W/Kenny Barron_Night and the City
2. Skylark W/Jim Hall_Charlie Haden/Jim Hall
3. Bittersweet W/John Taylor_Nightfall
4. Body and Soul W/Chris Anderson_None, but the lonely heart
5. Here’s looking at you W/Mike Melvion_The Capitol Sessions
6. When will the Blues leave W/Gonzalo Rubalcaba_Tokyo Adagio
7.Waltz for Ruth W/PatMetheny_Beyond the Missouri Sky
8. Ellen David W/Kieth Jarret_Closeness Duet
9. Palhaco W/Egberto Gismonti_In Montreal
10. Danny Boy W/Hank Jones_Steal Away
是非アルバム単位で聴いていただきたいという思いからHampton HowesとのAs long as there’s music、Christian EscoudeとのGitaneは敢えて外している。それらを聴きたい場合は、今のところ諭吉数枚を握りしめてディスクユニオンに行って運よく見つけるか、オークションに出てくるのを気長に待つしか手立てがないのだが。