マンションの下の東光ストアのお菓子売り場の横を通るとバレンタイン・コーナーがあり国生さゆりのバレンタイン・キッスがループで流れていた。リアルタイムでおニャン子クラブを体験し、高校時代には悪友3人と札幌厚生年金会館でのコンサートにまで行った猛者として、ずっとこの曲の素晴らしさに感銘を受け続けている。河合その子の青いスタシオンと双璧を成すおニャン子の佳曲で、バレンタインのスタンダード、マイ・ファニー・バレンタインにも匹敵する楽曲の普遍性があるとすら思っている。もっというと、フィル・スペクターのプロダクションに相当影響を行けている音作りは、オタクのみならず往年の洋楽マニアをにやりとさせ、老若男女全方位 から愛される、完全無欠なバレンタイン・ソングだとも思っているのだ。
バレンタインの定番曲と云えば前述のMy Funny Valentineということに言を俟たないだろう。ためしにItunesので自己所有のMy-を検索してみるとあるわあるわ。サラ・ボーンからマイルス・デイビスからビル・エバンスからスタン・ゲッツからボビー・ティモンズからサイラス・チェストナットからキース・ジャレットからジェリー・マリガンから。チェット・ベイカーに至っては歌あり・歌無し両方で5バージョン。その他、カーリー・サイモンのしっとりバージョン、ウィル・リーの高速バージョン、コステロのバラッドバージョン、我が師ヴァン・モリソン御大の大熱量バージョンまで37種。私的ベストはチャーリー・ヘイデン、チェット・ベイカー、エンリコ・ピエラヌンツィ、ビリー・ヒギンスのSilenceに収録されたレンディションか。鬼籍に入る前の麻薬に侵されたチェットのトランペットと歌声が悲しくも美しく記録されている。気持ち悪い歌詞なのに、すごい人気で改めてびっくりぽんや!という感じだ。

Valentineの検索に引っかかったMy funny valentine以外の曲も10曲くらいあり、これまた改めて聴いてみるとかなかなか良い。特に、おっさんが歌うそれらの曲がおっさんの心に沁みて良い。今回はこの「以外の」から数曲取り上げてみたい。英語の曲には拙訳を付けた。
先ずはレッドネック層から圧倒的な支持を受けるカントリー・ロックの重鎮スティーブ・アールの1996年I feel Alrightからの一曲。お金がないおっさんの悲哀と開き直りが、からっとしたカントリーの曲で歌われている。

Valentine’s Day Steve Earle
I come to you with empty hands
何も持ってきちゃいないさ
I guess I just forgot again
又忘れちまったんだろう
I only got my love to send
俺にあるのは愛だけさ
On Valentine’s Day
バレンタインの日にはね
I ain’t got a card to sign
サインするバレンタイン・カードも持ち合わせていない
Roses have been hard to find
薔薇は見つけられなかったよ
I only hope that you’ll be mine
お前が俺のものになることだけを願っている
On Valentine’s Day
バレンタインの日にはね
I know that I swore that I wouldn’t forget
忘れないと誓ったことは覚えている
I wrote it all down, I lost it I guess
確か紙切れに書いたっけ、なくしちまったけどね
There’s so much I want to say
云いたいことはたくさんあるんだ
But all the words just slip away
だけど言葉にならないのさ
The way you love me every day
毎日お前に愛されていること
Is Valentine’s Day
それ自体がバレンタインなのさ
If I could I would deliver to you
もし何かお前にやれるものがあるとしたら
Diamonds and gold; it’s the least I can do
ダイヤか金か。そんなわけないだろう。
So if you’ll take my IOU
俺の借用書を忘れてくれるなら
I could make it up to you
埋め合わせをしてやるさ
Until then I hope my heart’ll do
それまでは俺の心だけで許してくれ
For Valentine’s Day
バレンタインの日には
For Valentine’s Day
「俺の借用書を無為にしてくれるなら、埋め合わせをしてやるさ。それまでは俺の心で許してくれ」と、ま、ただのごろつきのような歌。何となく歌詞の端々にマチズモの曲解が見て取れる。はい次ぎ。
お次はボスの1986年のTunnel of Loveから。このアルバム、リアルタイムで聴いて今でも一番よく聴くボスの大好きな作品。

Valentine’s Day Bruce Springsteen
I’m driving a big lazy car rushin’ up the highway in the dark
でかくてノロい車で 暗闇のハイウェイへ
I got one hand steady on the wheel and one hand’s tremblin’ over my heart
片手をハンドルに もう片方の手で心臓をマッサージ
It’s pounding baby like it’s gonna bust right on through
心臓はバクバクしてる 今にもつぶれちまいそうさ
And it ain’t gonna stop till I’m alone again with you
その鼓動は再びお前と二人きりになるまでは止まらない
A friend of mine became a father last night
昨日の晩俺の友達が父親になった
When we spoke in his voice I could hear the light
ダチの声は輝いていたよ
Of the skies and the rivers the timberwolf in the pines
空や川の光を聞き取れた 松林のなかの狼の声のようさ
And that great jukebox out on Route 39
39号線で聴いた素晴らしいジュークボックス
They say he travels fastest who travels alone
一人旅が一番早い
But tonight I miss my girl mister tonight I miss my home
でも今夜 俺はあの子が恋しいのさ 今夜 俺は家(ホーム)が恋しいのさ
Is it the sound of the leaves Left blown by the wayside
それは路傍に吹きっさらしにされた葉のさざめきか
That’s got me out here on this spooky old highway tonight
今夜 俺をこの気味の悪い古びたハイウェイに連れ出すのさ
Is it the cry of the river With the moonlight shining through
それとも月明かりが差しこむ川の泣き声か
What scares me is losing you
俺を怯えさせるのはそれらじゃない
That ain’t what scares me baby
俺を怯えさせるのは お前を失いつつあるということなんだ
They say if you die in your dreams you really die in your bed
夢中の死は 実際の死だと言われている
But honey last night I dreamed my eyes rolled straight back in my head
でもハニー 昨晩俺は目が頭の中に転がりこんでく夢を見たよ
And God’s light came shinin’ on through
最後には神の光が差し込んできたんだ
I woke up in the darkness scared and breathin’ and born anew
怯えながら暗闇の中に起き上がって 息を上げながら新しく生まれた
It wasn’t the cold river bottom I felt rushing over me
激しく俺を通り抜けていく冷たい川の底なんかじゃなく
It wasn’t the bitterness of a dream that didn’t come true
実現しなかった夢の苦さでもない
It wasn’t the wind in the grey fields I felt rushing through my arms
激しく俺の両腕の間を抜けていく灰色の荒野の風でもない
No no baby it was you
そうじゃないんだ ベイビー それは君だったんだ
So hold me close honey say you’re forever mine
俺を抱き寄せてくれ。そして永遠に俺のものだと言ってくれ
And tell me you’ll be my lonely valentine
君は俺の孤独なバレンタインになると言ってくれ
ずいぶんとドラマチックに脚色していますが、ただ単に彼女に会いに行くお話です。 スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ では「労働者階級の代弁者=アイコンのように評されてきたけれど、俺、一度も労働者として働いたこともないし、抑々軍隊逃れてからバンドしかやってきたことないもんね。ま、行ってみればおいら壮大なうそつきさ」と驚きのカミングアウトをやってのけた御大。 はい次。
お次は酔いどれ詩人改め、酔いどれ詩人のふりをすることに疲れただの好々爺になってしまったトム・ウェイツのブルー・バレンタイン。ギターの音がいい。

Blue Valentine Tom Waits
She sends me blue valentines all the way from Philadelphia
毎年フィラデルフィアからバレンタイン・カードが届く
To mark the anniversary of someone that I used to be
昔の女からさ
And it feels like a warrant, out for my arrest
まるで逮捕状のようなもんだね
Baby you got me checkin’ in my rear view mirror
いつでも車のリアビューミラーで俺を見ているようなもんさ
So I’m always on the run that’s why I changed my name
いつまでも追いかけて来るから名前も変えたけど
And I didn’t think you’d ever find me here
見つからないと高をくくっていたよ
To send me blue valentines, like half forgotten dreams
半分忘れた夢、そんなブルー・バレンタインのハガキさ
Like a pebble in my shoe as I walk these streets
靴に入った石のようないずさで
And the ghost of your memory, baby is the thistle in the kiss
お前の亡霊が俺を苦しめる。まるで棘に口づけしているようなもんだ
Is the bugler that can break a roses neck
まるでバラの首をへし折るラッパ吹きさ
It’s the tattooed broken promise, I gotta hide beneath my sleeve
まるで叶わない夢を刺青されているようなもんさ。いつも袖に隠さなきゃね。
I’m on a see you every time I turn my back
背いても背いてもお前は現れる
She sends me blue valentines though I try to remain at large
無罪放免と勘違いしている俺をブルー・バレンタインのハガキが追っかけて来るのさ
They’re insisting that our love must have a eulogy
俺らの愛には解釈の余地がある、それがお前の言い分
Why do I save all of this madness in the nightstand drawer?
そんな狂ったことをなんで引き出しにしまっておかなければならないんだい?
There to haunt upon my shoulders, baby I know
いつまでも肩越しに追っかけて来るよ
I’d be luckier to walk around everywhere I go
歩けるだけましかな
With this blind and broken heart that sleeps beneath my lapel
折り襟に隠れた盲目で壊れた心とともに
And stales this blue valentines, remind me of my cardinal sin
その古びたバレンタインのハガキが、俺の過去の不逞と悪行の大罪を忘れさせない
I can never wash the guilt or get these bloodstains off my hands
いつになっても贖罪は無理だ。手に着いた血はそのままさ。
And it takes a whole lot of whiskey to make this nightmares go away
だからウィスキーをがぶ飲みして忘れるほかない
And I cut my bleedin’ heart out every nite
毎夜血が流れるる心の傷口を広げるのさ
And I’m gonna die just a little more on each St. Valentine’s day
だから毎年訪れるバレンタインデーの日におれは少しづつ死んで行っているんだ
Don’t you remember, I promised I would write you these blue valentines
おぼえているかい?俺の方さ。本当はお前にバレンタインのカードを送りつけると約束したのは。
Blue valentines, blue valentines
ブルーバレンタイン
まあ、名前を変えて潜伏しているのに、場所を突き止められてバレンタイン・カードを送りつけられる。昔の彼女に対して何をしたんだろう、という感じですね。同アルバムにはミネアポリスの路娼が昔の男に「まともな仕事について、いい男もできた」とハガキを出すけど全部ウソという、これまた斬新な内容の歌が収録されていますが、こうなるともうハガキプレーですな。文体や思想にチャールズ・ブコウスキを感じます。はい次。
ジェイムス・テイラーの1988年のアルバムNever Die Youngからの一曲。やさぐれ感には乏しいですが、恐らくは夫婦間のバレンタイン模様を描いているのでは。

James Taylor Valentine’s Day
Beneath the tide the fishes glide,
潮の下で魚が泳いでる
Fin to fin and side to side.
ひれが重なり合うくらいくっつきながらね
For fishy love has now begun,
胡散臭い愛の始まり
Fishy love, finny fun.
インチキな愛、ひれ状の楽しみ
Paper moon, paper heart, pink balloon,
Work of art.
紙の月、紙の心、ピンクの風船、芸術さ
Al Capone, Bugs Moran, Valentine’s Day.
Bootleg gin, porkpie hat, dew Drop Inn,
Dirty rat, through the heart Cupid’s dart, Valentine’s Day.
Oh, day to repay the one that you love,
アル・カポネ、バグス・モラン、バレンタインの日
密造のジン、ポークパイ・ハット、霧露の安宿、汚い裏切り者、キューピッドの矢に射抜かれた心、バレンタインの日。それは愛している人への借りを返す日
Gentlemen, take off your hats as I speak thereof.
ジェントルマン、これから私が話すので帽子を脱ぎたまえ
Just a brief break from the push and the shove,
押し合いへし合いからちょっと休憩
We may go a few rounds without boxing gloves.
ボクシング・グラブをちょっとの間取りましょう
Land your punch, I stand my ground,
あんたからのパンチを食らっても、まだダウンしないよ
We break for lunch and a second round.
ランチブレイクの後にはもう一ラウンド殴り合い
We set them up, we knock them down,
ずっとやりっぱなし
Valentine’s Day.
それがバレンタインの日
Me and you, you and him, him and her,
俺と君、君と彼、彼と彼女
Us and them, we keep score love as war, Valentine’s Day.
われらと彼ら、愛の戦争の得点を記録するのさ。それがバレンタインの日
I lost my teeth, I lost my hair,
歯も無くなった、髪も失った
I lost my mind, you don’t care.
気がくるっても、君はお構いなしさ
Love is war, all is fair on Valentine’s Day.
愛は戦争、でもバレンタインの日には全てが許されるのさ
ソングライター: John Cardon Debney
Valentine’s Day 歌詞 © Universal Music Publishing Group
これは、歌詞のほとんどが言葉遊びの世界。最終バースからメッセージを読み取ることができ「結婚生活は山あり谷あり、夫婦関係というのは戦争状態のようなものだけど、バレンタインデーだけは休戦だ」ということか。アメリカ中流階級の良心、テイラー御大らしい甘酸っぱさだ。大好き。はい、次ぎ。
お次は日本人。バレンタインに纏わる事象をパンクとして昇華させた2007年の名曲。
「崖の上のポニョ」 を歌った「藤岡藤巻と大橋のぞみ」のオジサンたちだ。 蟻にたかられて死ね、という、最高に清々しい終わり方が〇。
死ね!バレンタイン・デー 藤岡藤巻
そんなに嬉しいか
そんなに嬉しいのか
そんなに欲しかったのか
チョコレートなんかが
キレイな箱だよな
リボンが可愛いよな
そんなに自慢したいのか
チョコレートなんかを
死ね
死ね
鼻血を出して死ね
そんなにおいしいか
そんなにおいしいのか
嬉しそうに食いやがって
たかがチョコレートを
死ね
死ね
蟻にたかられて死ね
まぁ、そこまで、という感じではあるが、ここまで潔くねたみっぷりを曲にしていると、聴いている方も「ああ、そうだね」となってしまうのだ。ポニョと同時期にこの曲を作り、歌っているという清濁両有の、日本では稀有な才能だ。
上記の楽曲は「バレンタイン 名曲」などでググってもかなり下位の検索ランクとなると思われ、このエントリーでこれらの曲に出会えたあなたはラッキー。自分はオーソドックスに大滝さんのブルー・バレンタインでも聴きながら、バレンタインの夜を過ごしたいと思っている。
コメントを残す