今日はかみさんが出張中でおらん。消費税も上がった。天気もすこぶる良い。そんな日は冷蔵庫の残り物の処分がてらカレーを作ろう。
というか、昨日、池波正太郎の「むかしの味-ポークソテーとカレーライス」を眺めていたら、当時60間近の池波氏が日本橋たいめいけんのカレーライスとポークソテーを同時に注文し、一気に食べるさまが描かれており、無性にカレーが食いたくなってしまったのだ。エッセイの要諦は「たいめいけんの洋食には、よき時代の東京の、ゆたかな生活が温存されている。物質のゆたかさではない。そのころの東京に住んでいた人びとの、心のゆたかさのことである」の一文に込められる。また行かなくては。
そんなこんなで冷蔵庫をごそごそ漁ると、ひととおりの食材が出てきた。買い置きしているカレーのスパイスもまだ香りを失ってはいなそうだ。少し前に半額で買ったチキンを凍らせていたので、一番オーソドックスなチキンカレーを作ることにする。いつも、「前回のカレーどうだっけ?」と悩むので、プロセスを記録しておくことにした。

ココナッツオイルでスパイスを炒めることにする。シードのフェンネル、クミン、コリアンダー、カルダモン、ベイリーフ、オールスパイス、クローブを加熱し、香りが立ったらニンニクと生姜のみじん切りをぶっこむ。2分後にみじん切りした玉ねぎをぶっこむ。玉ねぎがあめ色になるとトマトをぶっこむ。馴染んだらチリパウダー、コリアンダーパウダー、ターメリックパウダー、クミンパウダーをぶっこんで、水気が飛ぶまで加熱する。上野アメ横・大津屋商店のスパイスは本当に新鮮で薫り高い。

最後に市販のカレーパウダーも加えるのだが、お気に入りは英国(今はアメリカ資本)クロス&ブラックウェルのもの。大航海時代に初代インド総督となるウォーレン・ヘースティングスがインドからスパイスをイギリスに持ち帰り、それをカレー粉にしたものと言われる。和ものに比べスパイス感が強いのに加え、デフォルトでも結構辛いので気に入っている。英国人の友人によれば「イギリスで一番おいしい料理はカレーだよ」と宣っていた。日本のカレーライスも、もともとインドから直で来たものではなく、英国を経由してやってきた。明治時代の「西洋料理指南」なる料理本にカレーの作り方が紹介されたのが日本におけるカレー・レシピのデビューらしい。ただ、具材にカエルや長ネギを使うように書いてあり、かなりエキゾチックな食べ物として紹介されていたようではあるけれど。

この時点で、部屋はスパイスの香りが充満し、脳のカレー食いたいモードが加速する。よし、カレーが美味しくなる音楽でも聴くとするか。ラヴィ・シャンカールのシタールでメディテイティブな気分に浸るか、はたまたインドの血を引くフレディー・マーキュリーにするか、踊るマハラジャのサントラにするか。そうだ、英国経由のインドカレーを調理中ということでニック・ロウのIndian Queensを聴こう。英国南端コーンウェルにある同名の村についての歌だ。

I’m going back to Indian Queens
Cause it’s been so long
And I’ve gone wrong
Every place I’ve been
久々インディアン・クイーンに戻るんだ
いろいろ行ったけど、うまくいかなかったよ
I left it all in Indian Queens
So I’m gonna go back
And see if it’s still there
In Indian Queens
すべてをインディアン・クイーンに置いてきたから、戻るのさ。
おいてきたものがまだあるか確かめるために。
I left there age 18
And soon found myself on the pitching deck
Of a freighter bound for Panama
By way of Santa Martin
18歳で村を出て、気づいたらセント・マーチン島経由パナマ行きの貨物船に乗ってた
There I got in murderous fight
So I skipped north to Canada
I worked for a couple in Yellowknife
But the woman caused me to move on
パナマでは喧嘩で殺されかけた。だから今度はカナダに向かった。
イエローナイフで2年働いたけど、女のせいでその地を追われた。
I’m going back to Indian Queens
Cause its been so long
And I’ve gone wrong
Every other place I’ve been
そんなこんなで久々インディアン・クイーンに戻るんだ
いろいろ行ったけど、どこもうまくいかなかったよ
と、還暦過ぎたニック・ロウが歌うとなんとなく含蓄がありそうな内容に聞こえるが、何のことはない壮大なU-ターンの歌である。カレーとの関係はタイトルのみだが、がぜん気持ちが盛り上がる。

さて、調理に戻ろう。鶏肉に火が通ったことを確認し、ここで冷蔵庫にあったナスとジャガイモをぶち込んで、水を加えて10分煮込む。最後に酢漬けのピッキーヌを散らし火を通して完成。本当は焼き立てのナンで食いたいところだが、さすがに家にタンドールはない。これも冷蔵庫から残った白米を出してきてレンジにかける。カレーは白米にレモン汁を振りかけると旨い。針生姜と自家製ピクルスを添えて出来上がりだ。



うーむ。なまら旨いなまら旨いなまら旨い、とチャナティップ化してしまうほどなまら旨い。芳醇なスパイスの香りが鼻腔をくすぐる。口に入れるとピッキーヌ由来の強烈な辛さを感じるが、ココナッツミルクの甘い香りが刺激を緩和し、良い仕事をしている。すかさずコロナビールを喉に流し込む。
締めのBGMはこの曲しかない。Taj Mahalのその名もCurryだ。スティールパンが印象的なカリプソ調のメロディに乗せ、TajがCurryと連呼しているだけの魔法の曲である。1977年の名盤Music Fah Yaに収録されている。カレーを食うとこの曲を聴きたくなるし、この曲を聴くとカレーを食いたくなる悪魔のループを誘う歌なのだ。

カレーは作った翌日がうまいという。スパイスの新鮮味が美味しさの決め手となるインドカレーには当てはまらないかもしれないが、スパイスが馴染むそうな。こりゃ、明日の朝のカレーも楽しみだ。

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