備忘録 Van Morrison-Three Chords and The Truth(2019)

74歳になった God Father of Celtic Soul、Van Morrison御大がThree Chords and The Truthを発表。 ここ4年で6枚目のアルバムである。 直近6枚の多くはブルース、ソウル、ジャズの優れたカバーで占められたが(2016年のKeep Me Singingを除いて)、今回は14曲中13曲が書き下ろしの新曲。衰えを知らないクオリティの高いソングライティングとクリエイティビティには脱帽である。

アルバム名「3つの和音と真実」というフレーズはカントリー・ソングライター=ハーラン・ハワードによるよく知られた造語で「カントリーミュージックや西洋音楽に必要な材料はスリー・コードだけ」と乱暴に、また象徴的に定義したもの。ただし、本作がカントリーに寄せているわけではなく、00年代のディスコグラフィーに見られる保守的なR&B、ブルース、ジャズを御大なりに解釈し、ある意味忠実に取り組んでいる。御大曰く「シンプルな韻と伝統的な歌の構造を取り入れて、カレドニアの魂の重さを吹き込みたかった」とのこと。

オープナーである「March Winds in February」は、パンチの効いたアップライト・ベースの音、心地よいB-3ハモンド・オルガンの音、ブラシングが効いたスネアドラム、ベルリン=アコースティック、デイブ・ケアリー=エレクトリックのダブルリードギターが印象的に響くケルティックR&B+ゴスペル+ジャズの要素を包摂する良曲。時代やジャンルや思想を超越した 典型的な モリソンだ。

90年代の作品から、とみに目立ち始めたどことなく不機嫌な歌も収録。(「Fame Will Eat the Soul」=「名声が魂を貪る」)では、スターダムの煩わしさにはうんざりだと、これまた名声をほしいままにしたRighteous Brothersのビル・メドレーとデュエットしている。また「Nobody in Charge」(=だれも責任を取らない)ではおそらくBrexit=合意無き離脱騒動を念頭に書かれたと察するが、その内容は日本の現政権下の凋落ぶりにも当てはまる。

Politicians that waffle endlessly

政治家は永遠にあいまいなことしか言わない

People just don’t want to see

庶民は現実から目をそらしたいだけ

Getting’ paid too much for screwin’ up

(国を)滅茶苦茶にしたのに高給とり

Don’t you think everyone’s had enough?

もううんざりだと思わないかい?

There’s nobody in charge

だれも責任を取ろうとしない

At that we know, that we know about

でも誰しもわかってる

There’s nobody in charge

責任の所在が不明だ

Nobody seems to have any clout

本来の政治影響力なんて誰にもない

And speculation across the nation

国(英国)では憶測が飛び交う

Media implantation rules the day

人々を支配するのはメディアの情報操作

Brainwash is easy, if everybody’s lazy

洗脳はたやすい、特に受け手が怠慢であれば

Everything always looks so grey

なんだかいつもすべてが鼠色に見える

表面的な反体制とは一線を画すモリソンのサーカズムは新鮮で、ユーモラスで、ソウルフルで、洞察力に富んでいるように聞こえるから不思議だ。

今の時代を憂う不機嫌な歌の他、90年代以降のアルバムに多く見られるノスタルジックで、ややもすると懐古主義的に過ぎる曲もちりばめられている。むろんそれらはモリソンの真骨頂であり、ポジティブなコンテクストで語られるものである。「Early Days」、「In Search of Grace」では、彼の90年代の最高作である「Hymns to the Silence」の作品を彷彿とさせる暖かみがあり、そのルーツは1971年のTupelo Honeyにまでさかのぼるのだろう。それらの作品に暖かみを加味するカギとなっているのが、Astral Weeksに起用されたジャズ・ギタリストJay Berliner(Ron Carter, Harry Belafonte, George Bensonなどとの客演で知られる)の存在で往年のファンに対し、安心と帰属意識(一連のヴァンの作品に対する)を与える役割を果たしている。

なお、 If We Wait For Mountainsの作詞はDon Black で、彼が作詞を手掛けた最大のヒットはマイケル・ジャクソンのBenである。豆知識として。

ファンではないリスナーが一聴すると、やや地味に過ぎるという印象を残すかもしれない本盤であるが、自分のようなモリソン・マニアにとっては「馴染みの定食屋で食うカツ丼」のような絶対的な安堵と美味しさと訴求力にあふれている。御大はこれまで、Astral Week,(1968), Moondance (1970), Into the Music (1979), Irish Heartbeat (1988),  Hymns to the Silence (1991),  Down the Road (2002)と各ディケイドに中核的でシンボリックなアルバムを作ってきた。2010年代のオリジナル盤としては本作が後年そのような評価を得る可能性も高い、そんな風に思わせるに足る、魅力にあふれたアルバムである。

手にする機会がある方には、噛めば噛むほど効果を実感できるまで、顎が、もとい、耳が痛くなるまで、あきらめずに聴いてみてほしい。あ、あと録音が良いのでヘッドフォンではなくオーディオシステムで聴くことを勧めておきたい。

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