4月に仕事でフィンランドを訪問した際に、北極圏のイナリ村まで足を延ばした。1980年代から白老のアイヌ民族博物館と交流を続けてきた国立サーミ博物館(SIIDA)の取材が目的。4月にウポポイとして生まれ変わるアイヌ民族博物館の野外展示は、もともとサーミ博物館の展示方法をヒントにしており、学芸員の相互交流も不定期に続けられている。

ヘルシンキからイナリまでは直線で1,100キロあり、通常はイナリよりも少し南に位置するイヴァロ空港まで空路を使用し、そこからバスで移動する。暇なわけではなかったが、取材を兼ねて自分はヘルシンキからロヴァニエミ(サンタの町で知られる)まで鉄路を使った。サンタクロース・エクスプレスとして親しまれるこの特急列車は、冬季間のオーロラシーズンには満席になるという。



ヘルシンキを午後6時半に出て、ロヴァニエミには朝7時に到着。個室の寝台コンパートメントにはシャワーもついており、すこぶる快適であった。食堂車にはバーがあり、タップでカルフ・ビールが楽しめる。フィンランドと言えばカルフビールというくらい占有率が高く、少し濃いめのペールラガーはとても美味しい。
夕食は生ディルが香る濃厚なクリームと鮭が主材のLohikeitto・ロヒケイット・サーモンスープとビールを2杯をいただいた。このスープがとても美味しくて、いつか自分でも作ってみようと思っている。

ロヴァニエミ駅に到着後、バス時間までしばらくあったので駅で朝食を摂った。フィンランドっぽいなと感じたのは、ヨーグルトと一緒にいただくベリーの種類が豊富だったこと。ブルーベリー、ラズベリー、キイチゴ、リンゴンベリーとどれも甘酸っぱくて美味しい。ブレッドにスモークサーモンを挟むサンドイッチも美味であった。鮭文化の国ということを再認識。



ロヴァニエミからイナリまでは300㌔超。ひたすら直線を走る。4月上旬だったが、路肩に雪が残っていた。北極圏は高い山がなく、丘陵地帯がなだらかに続く。壮瞥町の姉妹都市ケミヤルヴィを通過したあたりから、トナカイに注意の道路標識が現われた。それほど密集していない森林地帯にはノルディック・スキーを楽しんでいる姿や、凍った湖で穴釣りをしている姿も見かけた。






オーロラ観測で有名なサーリセルカで休憩。スーパーに入りトナカイの肉の値段などをチェックし、紙コップに入ったコーヒーを飲む。トナカイ肉は100g5ユーロ位して意外に高いなぁという印象。幌延トナカイ観光牧場ではフィンランドから連れてきたトナカイが観光資源として飼育されているが、150gのソーセージが1,000円以上する。かなりの高級肉なのである。



サーリセルカからイナリまでさらに1時間バスに揺られた。イヴァロ以北の町は、町というよりは集落という呼び方が合うような、非常にこじんまりとした佇まいだ。イナリは人口6,000人というが、人口密度は0.5人/㎞を切り、町を歩く人をほとんど見かけない。エクスペディアで予約してあったホテルはイナリ湖のほとりに建てられた簡素なホテルで、周辺にはトナカイや犬に橇を引かせ凍った湖を走らせるたアトラクションが売りの観光施設が数件あるのみ。



ホテルで楽しみにしていたのが、部屋に備え付けられている小さいサウナ。旅の疲れを癒すべく、早速電気サウナのスイッチを入れた。頃合いを見てサウナに入ると80度くらいまで温度が上がっている。じんわりと汗ばんできたところで、サウナストーンに水をかけてみた。2人用のサウナは1辺2メートルくらいの立方体で、一気に熱波が充満し温度計が100度を超えた。気兼ねなくロウリュウを楽しめるのが「ならでは」という感じで、必要もなく水をかけてしまう。水風呂はなく、夏であれば外に出てイナリ湖に飛び込むのであろうが、湖は全面結氷しているので水シャワーで体を冷やす。3度目の入場後にようやくととのいはじめた。人口500万のこの国には300万のサウナがあるという。3年連続幸福度世界一というのは、一人当たりのサウナの数に関係あるに違いない。



夕方、仕事を済ませ、SIIDAの学芸員に勧められたクルタホヴィ・ホテルに向かった。地元の食材をご所望ならここのホテルに併設されたレストランANAARがいいでしょう、とのことだった。フィンランドサッカー史上、最も活躍し、90年代には一時期バルサにも所属していた ヤリ・リトマネン(Jari Litmanen )もここのレストランがお気に入りとのこと。

レストランに入るとイナリ湖に流入するJUUTA川を見下ろす窓側の席に案内された。感じのいい中年女性に地元食材を使用した季節のコースInari Menusをお願いした。100ユーロは安くはないが、地元食材だけを使ったというメニューに期待が膨らむ。女性が食前酒としておすすめしてくれた地元のベリーが原料の ワインAinoa Vaapukkaを頼んだ。甘酸っぱくて美味しい。

ほどなく料理が運ばれてきた。アミューズはトナカイ・ラード粉末が振りかけられたトナカイ心臓のスモーク 。食材の新鮮さが伝わってくる。レアスモークは絶妙な火加減。

次にトナカイのレバー・パテに近所で取れた松茸のグリル、リンゴンベリーのソース添え。フィンランド料理でよく見かけるリンゴンベリー=コケモモのソースは、程よい酸味が美味しく、濃厚なトナカイのレバーパテと相性がよい。ワインもよく進み、グラスが空いたのでフランスのピノ・ノアールを頼んだ。

魚料理は、イナリ湖で捕れたばかりの現地ではシーガといわれる白身魚のグリル、地元農園の人参グラッセ、地元ジャガイモのペーストが出てきた。シーガはパイクと察する。ヘルシンキの郷土料理店でパイクを食べたときのテキスチュアととても似ていたからだ。味は日本のスズキに似ており、塩とディルでシンプルに味付けられている。新鮮なので歯ごたえが楽しめ美味だった。

デザートは イナリの森のプレートとのことで、説明に一層力が入っていた。クランベリーワインを少し発泡させたエスプーマに松の葉フレーバーのソルベ 、リンゴンベリー、ブルーベリー、キイチゴ、キイチゴのタネで作ったビスケット、松の樹皮のフレーバーのムース。すべてホテルの近所で調達した食材だという。 甘くないので、ワインでもいける。これぞ、ザ・フィンランド・デザート。素晴らしい。

料理が運ばれてくるごとにイヴァロ出身のピコネンさんが懇切丁寧に使用されている食材を説明してくれた。お客がほとんどいなかったから可能だったのだろうが、こういうやり取りは旅のだいご味で、印象深い。FIT客が増える北海道で、特に地方のレストランの地産地消にこだわったメニューを供する際に、給仕が 客とのコミュニケーションを楽しみながら対応すれば、食体験の付加価値が上がる。 鹿肉、ハスカップ、キノコ、エゾ松の葉など「北海道でこそ美味しく食べられる」食材には事欠かないはずで、真似てほしいものである。

レストランを出て、ホテルに戻ると21時を過ぎているのにまだ明るい。寝る前に再びサウナでととのって、白夜に照らされたイナリ湖を眺めながらペールラガーのカルフ・ビールを2本空けて、とても深い眠りについたのであった。

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