備忘録 神無月の釣りとキャンプ

友人と2人で余市川支流で渓流釣りと赤井川村でキャンプをした。

6時にキャンプ場に集合し、相棒のジムニーに乗り換え、支流に入るために林道を上る。起点となる場所に車を置き、そこから林道をさらに歩く。4か所でクマの糞を見たが、爆竹を鳴らしながら先を急ぐ。クマ対策で鉈をぶら下げてきたが、使う場面には遭遇したくない。現地の気温は2度。

入渓地点から自分は下流へ、相棒は上流へと釣りながら移動。釣りの楽しみはうお釣りが半分で、残りは美しい渓相に身を置くこと。長年通っているこの川も、両方を存分に楽しむことができる。水温も下がっていて木々も色づき始め、秋の深まりを感じる。

飽きない程度に渓魚が遊んでくれた。1回だけ岩魚がかかったが、他はすべて山女だ。釣りをしている間、ずっとカワガラスが見守ってくれていた。夕飯のおかず分を釣ったころ合いで下流から上流に向かい、魚留めの滝で竿を振る相棒と合流。そこで腹割きを済ませ、崖を上って林道に出て車まで戻った。

林道を下る途中で、路肩で何か動くものを発見。狸か何かかと思い、車を降りて確認しに行くと林に逃げた。飛べないところを見ると、手負いなのか、かわいらしいエゾフクロウ(ウラルフクロウ)だった。

ほどなくしてキャンプ場に到着。このキャンプ場は数年前までドローム・キャンプフィールドという名前で、個人的には20年以上釣りの入渓ベースキャンプ場として親しんできた。もともとホテルとキャンプ場は余市のアリスファームが経営していて、質素だけれど広々として好感持てるキャンプ場だった。アリスファームは80年代に、19世紀の米国で自給自足のミニマリスティックな生活を送っていたシェーカー教徒のライフスタイルに共感した藤門弘さんという道外の人が、似たような使命を持った共同体を作りたいとして余市に開いた。若いころよく読んでいた椎名誠や野田知佑の著作によく藤門さんが登場し、藤門さんとの知己が縁となって椎名が余市に別荘を持つことになった記述を目にした記憶がある。2年前にドロームは中国資本の手に渡り、スウェーデンハウス風の佇まいのホテルを管理棟として残し、キャンプ場にグランピング施設を増設し、今風のキャンプ場に変身した。

設営を済ませ、近くのカルデラ温泉に浸かり、そこでラーメンを食って、昼寝をしてからキャンプ場に戻る。金曜日ということでテントは10張り程度。広々とした空間が気持ちがいい。午後に落葉キノコを見に行くつもりだったが、ゆっくりビールでも飲むべということになった。キャンプ場にはいろいろなキノコが生えていたが、ことごとく毒キノコ。ベニテングダケの色鮮やかなことよ。

陽が傾くと急激に気温が下がってくる。調理用に炭をおこし、薪をかき集めて焚いた。用意してきた肉を焼き、釣ったチビヤマメは唐揚げ、中くらいのはムニエルに、大きい数匹を炭火で塩焼きにした。相棒が持ってきた石川の酒名取川と持参したブシュミルズのスコッチをグビグビ飲んで、したたかに酔いが回る。

相棒の男とは12歳からの付き合いで、16歳で一緒に原付を取り、18歳で中型免許を取ってバイクで釣りにキャンプによく一緒に出かけた。またバイクでキャンプしてーなー、など他愛もない話をしているうちに23時を回ったので、各々のテントに潜り込んだ。

放射冷却の寒さで5時半ころに自然に目が覚めた。カミサンへのお土産山女を調達する使命があったので、起き掛けに竿を持ってキャンプ場から徒歩圏内の川で釣りをした。天ぷらサイズが10数匹釣れたので、そろそろ上がろうというところで、今回一番の大物が釣れた。23センチくらいか、ひれがぴんと立ったオス山女だ。

7時前にテントに戻ると、相棒がちょうど起きてきてテントから這い出てくるところっだった。でかい山女を見て触発され、相棒もウェーダーを履き、竿を持って出かけていった。

朝飯に煮込みうどんを食って、チェックアウト。相棒は温泉に帽子を忘れたとかで、赤井川村方面に、自分は毛無峠方面へと帰路に就いた。雪が降る前にもう一回くらい渓流に入り、キャンプをしたい。

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