備忘録 ジョニ・ミッチェル/リバー

 クリスマスが近づいてきたので、ジョニ・ミッチェルのRiverを聴いている。71年に発表されたアルバム「Blue」に収録されている、説明不要の名曲だがおさらいを。

 この曲は1968年から約2年間続いたジョニ・ミッチェルとCSN&Yのグレアム・ナッシュとの関係にインスピレーションを受けて曲にしたものと伝えられている。1970年の初め、彼女とナッシュとの関係は崩壊しつつあり、同時に、彼女は自分の音楽活動の成功と世間からの注目に違和感を覚えていた。逃避行が必要だった彼女は、ヨーロッパ旅行に出かけた。歌詞中では「クレイジーなシーン」から逃れるために「川の上をスケートで滑り遠くに行く」と仄めかしている。

 ヨーロッパ滞在中、クレタ島でナッシュに電報を打ち、二人の関係が終わったことを自らナッシュに伝える。歌詞中では「彼女は自分が扱いにくいことを認め、”最愛の彼 “を失った」と自責の念を綴っている。電報で別れを告げるというところがカッコいい。

 イントロではマイナーコードを用いたジングルベルのメロディが引用されており、傷ついているジョニの心象風景がうまく表現されている。Blueという歴史的超名盤(Rolling Stone誌が選ぶオールタイム・グレイテスト・アルバムの3位〔1位=マービンのWhat’s going on, 2位=ビーチボーイズのPet Sounds〕)の中でも、最も美しい曲の一つであろう。特にジョニの歌声が素晴らしく、悲しい内容の歌詞には似つかわしくないほど力強く、伸びやかで自由な歌いっぷりである。録音も、様々なオーディオチェックに使われているほど、エンジニアリングが素晴らしい。

 ナッシュとの前には 同じくCrosby, Stills, Nash & Young のデビッド・クロスビーを自ら断ち、Nashを捨てた後には、Jaco Pastriusと立て続けに音楽界の重鎮と浮名を流すのだが(のちにJacoをフィーチャーしたHejira=邦題「逃避行」をリリース)、そんな奔放なJoniの生きざまには性別を超えて共感を呼んだ。自身を「状況から脱線した画家」と表現しているが、協調するために才能を犠牲にすることを徹底的に拒んだ潔い生きざまといえるだろう。現在はは難病モルジェロンズ病を患い、闘病中であるが今月Kennedy CenterでThe lifetime achievement medalsを受賞する映像が配信され、久々に動くJoniをファンの前に見せてくれた。

 その昔、自分がNYのスチューデントハウスに住んでいたころ、同じハウスに住んでいたアメリカ人女学生がこの曲をギター一本で歌ってくれた。ジョニ・ミッチェルを崇拝していた歌の上手な女の子で、ほぼ完ぺきに歌い切り、同室で聴いていた数人の学生から拍手喝さいを浴びていた。この曲を聴くとその当時の記憶が蘇るので、ことさら愛着が強いのかもしれない。

 日本にはキャロル・キング的な才能は豊富だが(五輪真弓とか、ユーミンとか)、ジョニ・ミッチェル的な才能は不在といっていいだろう。ジョーン・バエズのコピー(森山良子とか)はたくさん出てきたが、ジョニ・ミッチェルの自由な魂を輩出できていない。ジョニやフィービー・スノウやトレーシー・チャップマンやエディー・リーダーなどの自立し、創造性に富み、強い個性と主張を持ちながらスポットライトを嫌い、ローキーな立ち位置を好む女性が出てくる文化的な滋養の懐深さは、まだ日本には根付いていないということなのだろうか。いずれにせよ、自分にとってのジョニ・ミッチェルは、あちらの国の深遠な奥行きを感じさせるアーティストの筆頭である。

 歌詞に拙訳を付けてみた。

***

It’s coming on Christmas
They’re cutting down trees
They’re putting up reindeer
And singing songs of joy and peace
Oh I wish I had a river
クリスマスが近づいてきた
木を伐り、その木にトナカイの飾りつけている人たち
彼らは喜びと平和を歌う
ああ、私に川があればいいのに

I could skate away on
But it don’t snow here
It stays pretty green
I’m going to make a lot of money
Then I’m going to quit this crazy scene
I wish I had a river
I could skate away on
I wish I had a river so long
I would teach my feet to fly
Oh I wish I had a river
I could skate away on
スケートで逃げることができれば
でもここは雪が降らない
緑のまま
沢山お金を稼ぐわ
そして、この狂騒から身を引くの
氷が張った川があって、その川を滑って遠くに行けたらどんなにいいのに
飛ぶことだって学べるはず

I made my baby cry
He tried hard to help me
You know, he put me at ease
And he loved me so naughty
Made me weak in the knees
Oh I wish I had a river
I could skate away on
I’m so hard to handle
I’m selfish and I’m sad
彼を泣かしてしまった
私を助けようと必死になってくれた
気を楽にさせてくれたし、愛してくれた
彼にメロメロだったわ
遠くに滑っていける川があれば、どんなにいいのに
私は扱いにくいし、自己中で悲しい女

Now I’ve gone and lost the best baby
That I ever had
Oh I wish I had a river
I could skate away on
I wish I had a river so long
I would teach my feet to fly
Oh I wish I had a river
I could skate away on
I made my baby say goodbye
私は最愛の彼を失ってしまった
遠くに滑っていける川があれば、どんなにいいのに
長い川を辿って遠くに行ければいいのに
飛んでいければいいのに

It’s coming on Christmas
They’re cutting down trees
They’re putting up reindeer
And singing songs of joy and peace
I wish I had a river
I could skate away on
クリスマスが近づいてきた
木を伐り、その木にトナカイの飾りつけている人たち
彼らは喜びと平和を歌う
ああ、私に川があればいいのに

***

 Riverは多くのアーチストにカバーされているのだが、気に入っているものを少しだけ共有したい。

 まずは、Fourplay の Snowbound(1999)に収録されているインストバージョン。ボブ・ジェームスのピアノとラリーカールトンのギターが交互に主旋律を取るアレンジ。ホリデーアルバムの中での脇役扱いだが、いい味を出している。(アルバム内ではスティーリー・ダンのタイトルカバー曲が白眉)

 お次は、Herbie Hanckockのジョニミッチェルへのトリビュートアルバム、その名もRiver(2007年)、英国のコリーヌ・ベイリー・レイが歌を歌っている。ハービーのピアノとウェイン・ショーターのサックスがとにかく素晴らしい。演奏をメインとする構成なので、コリーヌの控えめな舌っ足らずで物憂げ深い歌唱は全体のバランスを損なうことなく、すごくいい。

 そして、Madeleine Peyroux feat. k.d.langが歌う、Half the Perfect World(2006年)からのRiver。マデリンの楽曲はジャグバンド的な演奏に彼女の弛緩したかすれ声が乗っかってくるのが常套なのだが、今回はそれに加えてk.d.Langの凄みが聞いたテナーボイスが加わる。マデリンの、まんまビリー・ホリデイ歌唱バージョンのRiverも良いのだが、k.d. Langのストレートな歌唱も胸を打つ。

 最後はアコースティックギターアレンジ、James TaylorによるRiverである。これはA Tribute to Joni Mitchell(2006)のために録音され、James Taylor at Christmas(2006)にも収録された。このJoniのトリビュートアルバムはよくできていて、Riverの他にもPrinceが歌うA case of youやk.d.LangのHelp meなど聴きどころが多いアルバムとなっている。ジェームス・テイラーバージョンのRiverはなぜだか泣けてくる。一聴されたし。

備忘録 ジョニ・ミッチェル/リバー” への3件のフィードバック

追加

  1. いい記事でした。華やかなクリスマスにしんみり・・・H・ハンコックがリスペクトしたアルバムはマイベスト。しょっちゅう聞いております。

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