地に足の着いた佳曲がグラミー賞のソング・オブ・ザ・イヤーを受賞したのはスプリングスティーンのStreet of Piladelphiaが選ばれた1995年以来だろうか。ボニー・レイットのファンとしては嬉しく、アメリカ音楽業界の良心を垣間見た気がしている。本作はRaitt自身の筆によるものだ。彼女の作品の多くは、優秀なソングライティングチームを従えて、Raittがスライドを弾き歌うスタイルが常套だが、前作Dig in Deep では5曲、本アルバムでは3曲自身が作詞作曲している。Little Feat 周辺とのコラボレーションやJohn PrineのAngel from Montgomeryが有名で、前作ではINXSのNeed you tonight の秀逸なカバーを演るなど、楽曲の解釈が抜群に上手なミュージシャンだとも思う。いずれにしても今回の受賞でソングライティングの評価も確立されたことになる。とはいえ、Raittの楽曲が初めて認められたというわけではなく、1988年に、こちらもソング・オブ・ザ・イヤーを受賞したNick of Timeも本人の筆によるものだ。
Raittは音楽以外にも、色々な社会活動を行ってきている。中でも反原発を積極的に推進してきたことで知られており、2007年にはMUSE(Musicians United for Safe Energy)の同志であるジャクソン・ブラウンとグレアム・ナッシュと一緒に、原子力産業救済の立法を阻止するキャンペーンを広げ、自然エネルギー活動家のための情報・ネットワークのウェブサイトwww.nukefree.org を開設。日本が東日本大震災で被災した2011年には、福島第一原子力発電所のメルトダウンで壊滅的な打撃を受けた被災地救援のため、MUSEとしてベネフィット・コンサートを開催し収益金の一部を被災地に寄付している。
73歳の非メインストリーマーにソング・オブ・ザ・イヤーを授けるアカデミー会員も立派である。より大きな商業的成功を収めたアデル、ハリー・スタイルズ、ビヨンセを選ばず、インデペンデントレーベルに所属する73歳の女性が歌う地味な曲に、その年の象徴となるソング・オブ・ザ・イヤーの称号を与えたのだから。グラミー賞は、ソング・ライター、プロデューサーなどの音楽クリエイターから成る約16,000人のアカデミー会員の投票によって決定される。選考基準は作品の芸術性を重視するというものの、近年はポピュリズムに気圧されている傾向が続いていた。ちなみに、グラミー賞の”グラミー”は受賞者に送られる蓄音機(グラマフォン)の愛称に由来する。

前置きが長くなってしまったが、受賞曲のJust like thatについて。歌詞は、心臓移植を受けた青年が、心臓提供者の母親の元を訪ね行くというものだ。
“Just Like That” Bonnie Raitt(2022)
I watched him circle around the block, finally stopped at mine
Took a while before he knocked like all he had was time
“Excuse me, ma’am, maybe you can help, the directions weren’t so clear
I’m looking for Olivia Zand, they said I might find her here”
Well, I looked real hard and asked him, “What she’s got he’s looking for?”
彼が近所を一周するのを見て回った最後に私の家に立ちどまった
ノックが聞こえたのはそれからしばしたった後だ。彼にはたっぷりと時間があるようだった。
“すみません、道順がよくわからなくて。オリビア・ザンドを探してるのですが。ここで見つかるかもしれないって言われたのです”
私は彼をじっと見つめ、何を探しているのかを尋ねた
Said, “There’s something I think she’d wanna know” and I let him in the door
It’s not like me to trust so quick, caught me by surprise
But something about him gave me ease, right there in his eyes
“あなたが知りたいと思っていることを、自分は知っていると思います “と彼は言った。
彼をドアに通したが、すぐに見知らぬ青年を信用するのは自分らしくないなと、自分でも驚いた
でも彼の目には私を安心させる何かを秘めていた
And just like that, your life can change if I hadn’t looked away
My boy might still be with me now, he’d be twenty-five today
No knife can carve away the stain, no drink can drown regret
They say Jesus brings you peace and grace, well, He ain’t found me yet
そんな感じで、私が突然の訪問者から目をそらさなかったことで、 人生が変わることもある
私の息子はまだ私と一緒にいたかもしれない。生きていれば 彼は今日25歳になっている
どんなナイフも心の傷を削り取ることはできないし、アルコールも後悔を紛らわすことはできない
イエスが平和と恵みをもたらすと言うけど、彼はまだ私を探し当ててはいないようだ
He sat down and took a deeper breath, then looked right in my face
I heard about the son you lost, how you left without a trace
I’ve spent years just tryna find you so I could finally let you know
It was your son’s heart that saved me, and a life you gave us both
彼は座って深呼吸をし、私の顔をじっと見つめた。
彼は、あなたが失った息子のこと、あなたが忽然と消息を絶ったということを聞いた、と言った
彼は、彼が何年もかけて私を探し出そうとし、ようやく私に知らせることができる、とも言った
彼は、彼を救ったのは私の息子の心臓だったといい、あなたは、あなたの息子と私の両方に命を授けた、と言った
And just like that, your life can change, look what the angels send
I lay my head upon his chest and I was with my boy again
Well, I’ve spent so long in darkness, I never thought the night would end
But somehow, grace has found me, and I had to let Him in
そんな感じで、あなたの人生が変わることもある。天使が救いをもたらすこともあるのよ
私は、彼の胸部に私の頭を近づけた。その瞬間、私は再び私の息子を感じることができた
私は、長い間、暗闇の中で過ごしてきたし、 夜明けが来るとは思ってもいなかった
でも、何とかgrace(慈悲)は私を見つけ、私は神を受け入れるほかに選択はなかった
最後の”But somehow, grace has found me, and I had to let Him in”の一節に”let Him in”とある。大文字で始まるHimはイエス・キリスト(ここでは神と訳した)を指すことも多いが、文脈から考えると、息子の心臓を移植した青年や息子のことをも指しているように思える。ただ、前段の”They say Jesus brings you peace and grace, well, He ain’t found me yet”が伏線となっていることは明らかなので、神・青年・息子を指すと考えるのが妥当だろう。いずれにしても、巧みなソングライティングであることには違いない。
同世代といってよい、ジョニ・ミッチェルやリンダ・ロンシュタットが病で音楽活動を断念し、リッキー・リー・ジョーンズやカーラ・ボノフなども地道に活動しているが、今回のRaittの受賞は同世代の女性アーティストにとっても、大きな刺激となり、力を与えたことと想像する。往年のミュージシャンの鬼籍入りの知らせが多い中、自分が好きな70年代ロックのミュージシャンが天下を取ったような明るいニュースに、そんな感じで、嬉しくなってしまったのであった。
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