レッツ・ゲット・ロスト

備忘録 チェット・ベイカーの自伝的な映画Born to be blueが公開された。まだ見ていないが、イーサン・ホークが中年のベイカーを好演しているらしい。トレイラーを見る限りそこそこ似ている気がする。

1988年にLet’s get lostというベイカーの半生を追ったドキュメンタリーを映画館で見た。写真家のBruce Weberが自主制作したモノクロ作品で、透明感があり緊張感を漂わせる映像がいまだに目に焼き付いている。撮影中のベイカーはヘロイン中毒でボロボロだったが、そこはかとない退廃の美を放散していた。映画用のOSTに収録したスタンダード曲の数々も、消えゆくようなベイカーの声とトランペットの演奏の中に凛としたみずみずしさが感じ取れ、ウェーバーが描くその張りつめた世界観とぴたりとマッチしていた。映画公開直前にベイカーがこの世を去ったことも、鑑賞後の余韻を増幅させた。大好きな映画の一つ。

数年後に自分はアメリカに住むことになり、安アパートでベイカーのボーカルものをかけて聞いていると、近くに住んでいた黒人青年から「そんな音楽聴いてたら、オカマに間違われるぜ」と忠告?を受けたことがあった。ベイカーの中性的な歌声は実際ゲイコミュニティで人気だったらしく(今でも)、彼にとってはゲイの多い安アパートに住み始めた甘ちゃん日本人青年への軽い警鐘のつもりだったのだろう。そんなことはあまり気にせず、気が向けばベイカーの音楽を聴いていたのを思い出す。

ベイカーで最もよく聴いたのはIt could happen to you(1958)に収録されているEverything happens to meかな。この、不運な男をテーマにした歌も、当時のベイカーのような色男が歌うと何となく余裕が感じられる。Let’s get lost (1988)にも同曲が収録されているが、こちらは人生を生き急いだ男の入寂前の寂寥感が、ヘロインでボロボロの体から絞り出される声と演奏から伝わってきて、1958年録音のものと好対照だ。どちらも名演なのだ。

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