備忘録 9月の唄

 ここ数年の9月上旬の札幌は残暑が厳しく秋の気配が全くない。子供の頃はこの頃になると、とんぼが飛び始めて、秋の訪れを感じていたと思うんだけれど。 

 9月をタイトルに盛り込む曲はほかの月に比べて多い気がする。竹内まりやのセプテンバー、一風堂のすみれセプテンバーラブ、CKBのせぷてんばぁなどの邦楽、EW&FのSEPTEMBER、ボーカルスタンダードのSeptember Song、先週のサンソンでかかっていたBarry WhiteのSeptember When I First Met Youなどなど。オーガストとかジャニュアリーなどは月の名前で出てくることはあまりなく、夏冬で括られてしまうことが多いと思うんだけれど、9月は夏の終わりの郷愁を誘うこともあるのか、月として歌のテーマになってしまう、非常に偉い月なのだ。旧暦「長月」は「夜長月(よながつき)」に由来するというのも、なんとなくロマンチックではないか。

 今回はあまり取り上げられないけれど、聴くと「あぁ、9月っぽいな。いいな」と思える数曲を取り上げたい。

 まずはVan Morrison御大のこの曲。非常に地味なInarticulate Speech of the Heart:邦題「時の流れに」(1983)というアルバムの中の最も目立たないインスト曲ながら、9月のアイルランドを思わせる曲の作りになっている。ライナーにサイエントロジーのRon Hubberdへの謝意を記すなど、この時期の御大はいろいろと迷いがみられた。80年代後半の第2次絶頂期を駆け上がる準備期間の作品として、意味と価値があるレコードには変わりはない。

次にDavid SylvianのSeptemberを。名作Secrets of the Beehive(1987)のオープニングを飾る名曲。ストリングアレンジとオルガンを坂本龍一が担当。もっと聞いていたいと思うリスナーの意に反し、78秒という短さ。陰鬱にして清廉、谷崎潤一郎のような湿っぽさが、とても貴重な音楽。80年代はまだこういう音楽が歓迎されていたのである。ここ30年間に失われた湿り気と、反比例して敷衍する軽薄単調ムードが悲しい。

次はWillie NelsonのSeptember Song、クルトワイルの名曲をBooker T. Jonesがプロデュースしている。カントリーのネルソンを払しょくしきれていないところが味わい深く、名盤Stardust(1978)全編に漂う乾いたもの悲しさを称える表現は、Booker T.Jonesの力量によるところが大きい。アルバム全編が秋を称えているような感触。

お次はMelissa Etheridgeのデビュー作Melissa Etheridge(1988)から The Late September Dogsを。スプリングスティーンやジョン・メレンキャンプなどから強い影響を受けて、女版ワーキング・クラス・ロッカーとプロモされてデビュー。その実はバークリー音楽院で教育を受けた音楽エリート。エモーショナルな歌唱が素晴らしい。持ち味は元気な曲だが、本作はミドル・バラード。ボニーレイット、ルシンダ・ウィリアムス級になる可能性を秘めていたが、なんか普通のおばさんになってしまい残念。

 最後はシャウターJonnie Taylorの哀愁ミッドソウルナンバーIt’s September。アルバムSuper Taylor(1974)は所有していないので、ジョニテのBOXセットから。STAX後期の曲らしく、タイトな演奏にジョニテの嗄れ声が乗っかる。この後にDisco Ladyのスマッシュヒットを飛ばすが、こちらの方がしっくりくる。

なんとなくおセンチな曲が多くなってしまったが、味わい深い曲ぞろい。10月をタイトルにした曲は9月ほど多くないけれど、機会があれば紹介したい。

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