備忘録 チック・コリア逝く

 先週チック・コリアの訃報が飛び込んできた。さほど熱心なファンとは言えないが、気づけばアルバムも10数枚所有しており、1998年(99年?)には札幌コンサートホールKITARAのチック・コリアORIGINのライブも見に行った。クラシック専用ホールのKITARAで初めてとなるJazz公演とのことで、耳目を集めたライブだったが、チックのピアノ、今を時めくアビシャイ・コーエンのウッドベース、アダム・クルスのドラムの音を生音に近い環境で体感し、後にも先にもあんなに良い音響施設でジャズコンサートを聴いたことはない。

 チック・コリアには思い入れのある演奏がたくさんあるのだが、個人的な追悼としてその中から数曲を紹介したい。ミュージシャンの物故時のみ、名演を紹介するのも情けないものだけど、哀惜の意味を込めて。

 まずはNow He Sings, Now He Sobs(1968年)だ。チックが28歳の時に発表した2枚目のリーダー作で、チックの魅力がこの盤には詰まっている。とにかく早くて正確な運指に驚愕する。それだけではなくベースのミロスラフ・ヴィトウスとの煽りあう丁々発止のやり取りは緊張感が半端なく、いつ聴いても素晴らしい。1曲目のStepsですでにラテン調の旋律が盛り込まれ、のちのLa Fiestaの片鱗をのぞかせている。

 次はカモメのチック、Return to Forever(1972)である。数あるチックの作品で一番有名な盤ではなかろうか。自分はフェンダー・ローズの音が大好物であるが、チックのローズにはいまいち魅力を感じていない。どちらかというと、リチャード・ティーやジョセ・ベルトラミのようにレイドバック志向の音が好きだ。ただ、このアルバムは別格で、特にSome time ago-La Fiestaのブラジル勢とのユニゾン感は素晴らしい。

 次はナベサダがNow he sings-と同じメンツのチック・コリア・トリオをバックに従えたROUNDTRIP(1970年)である。チック・コリア、ジャック・ディジョネット、ミロスラフ・ビトウスが暴れまくりで、パーカー路線から一気にフリー転じたナベサダもフルート、尺八、ソプラノと吹きまくり、がっぷりと向こうを張る。鋭角的な演奏を聴くのは疲れるがNow he sings-の張りつめた印象に管楽器が入ることで、弛緩する場面もあり楽しい盤である。

 次は、マイルスのIn a Silent Way(1968)のSHHH/Peacefulだ。チック・コリアのエレピのほかにジョー・ザビヌルとハービー・ハンコックが鍵盤で参加している。エレクトリック・マイルスの中ではBitches Brewが取り上げられる機会が多いが、私はこの盤が一番好きで、ザビヌルのオカルトチックなオルガンをチックのフェンダー・ローズが諫めているような、非常に緊張感の高い音楽になっている。

 次は、RTFのHymn of the Seventh Galaxy(1973)の中のSpace CircusPt.1,2だ。チックの最もファンキーな一面を見せているラフな演奏で、ファズがかかったスタンリー・クラークのベースとともにガツンと一発食らわせてくれる。常に演奏に緻密さを感じさせるチックだが、この盤ではレイドバックしたブラックのファンクネスを感じさせてくれている。

 次はドラマーに人気盤のThe Leprechaun(1976)のLENOREだ。チックお得意のスパニッシュテイストのフュージョンで、曲もかっこいい、ピアノに加えMoogとエレピをとっかえひっかえ駆使している。Steve Gaddは時に神が降臨するようなプレイをするが、この曲のバッキング・アプローチは凄まじい。ガッド名演の代名詞Steely DanのAjaよりも演奏テクニックは難しいのでは、と素人は思ってしまうくらいチックとのユニゾンがタイトに決まっている。

 次はStan GetzがRTFのメンバーを集めて作ったCaptain Marvel(1972)のLa Fiestaだ。チックの数あるLa Fiestaの演奏の中でも、自分はStan Getzとの共演盤が好きである。ゲッツのテナーが入ることで、本家のものよりも幾分温かみを感じる。この頃のゲッツはドラッグ問題を抱えていたはずだが、微塵も感じさせない早くて正確な音が聴ける。

 次はDee Dee BridgewaterのJust Family(1978)にチックが一曲だけ参加しているMelody Makerだ。チックがポピュラー系ミュージシャンの客演をすることは稀だが、これに関してはスタンリー・クラークに引っ張られてきたのか、本盤には参加している。この曲以外の鍵盤はジョージ・デューク、ロニー・フォスターなどファンク系が弾いていて、全編Jazz+Soulの好盤だが、B面最後に毛色の違うこの曲が登場。美しい旋律と、シンプルな演奏が一服の清涼剤の様な印象を残している。

 次はゲイリー・バートン、パット・メセニー、ロイ・ヘインズ、デイブ・ホランドと共演したLike Minds(1997)のStraight Up and Down、チックの1967年の曲だ。1990年のQuestion and Answerというパット・メセニーの激熱トリオ盤があるが、このトリオにチックとバートンが加わった形で、非常に完成度が高いアルバム。ほとんどの曲で、バートンのヴィブラフォンがメロディーを引っ張り、それぞれがソロパートで気持ちのいい演奏を聴かせてくれる。チックとメセニーの絡みというのはレコードとしては、おそらく初めてだったはずだけど、2人の天才が対峙するとこんな美しい、内に秘めた熱量を感じさせる演奏になるとは、と驚きを禁じ得ない名盤。

 まだまだ好きな演奏があるのだが、最後に自分がチック・コリアをよく聴くきっかけとなった盤、Chick Corea Akoustic BandのAlive(1991)だ。もともとソウルとロックをよく聞いていた時期に聴いた一枚で、おそらくはDave Wecklのドラムにその時に聴いていた音楽との親和性を感じてのめりこむことができた一枚。そのドラムがJazz評論家に敬遠され、「スイングしない盤」の烙印を押されたことで知られるが、今聞き直しても、むしろ当時のエレクトリック・バンドの屋台骨でもあるWecklのドラムとベースのジョン・パティトゥッチの存在がトリオとしてのボルテージを上げている印象。チックの人気曲、Humpty Dumptyの硬質な演奏はいつ聞いても体が前のめりになってしまう。

 クリスタル・サイレンスもエレクトリック・バンドも好きなのだが、今回はこの辺で。昨年末にはキース・ジャレットが2回目の脳梗塞により再起不能とのニュースもあり、一時代を築いた鍵盤のイノベーターの音が聴けなくなることを寂しく思う。合掌。

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